
誰もがもっている
白の自分
黒の自分
人それぞれに、そのカテゴリーは違うかもしれない
どこかの部分が偏り強いていたり
どこかの部分が曖昧で柔軟な自分がいたり
矛盾を持つから人間
その矛盾の正体は「白黒思考」
どちらの自分も自分
矛盾が自分の中にあることを
意識できれば
自分自身をコントロールしたり
自分の考えを調整するのが、スムーズになり
日常生活における、起きた出来事への意味づけも上手になり
生きやすさにつながる
しかし、出来事は
自分が中心で起こる場合は
渦中=中心になるので
その物事の中心になるとき
主観で物事を初めに捉えがちになる
客観的な思考は、「意図して」「意識して」
切り替える必要が出てくる。
主観から客観に切り替えて
物事を捉え直したり
意味づけをする必要がある。
人間は、矛盾した思考を持ち
白黒という分別をつけることで
共存し、社会のルールを守り生きている
なので、大切な要素でもある。
しかし、
それは共存したり社会のルールを守り生きていく上で必要であるけれど
自分自身の中にある、白黒という判断の思考を
自分自身に当てはめて使い続けると
そこには、他者との関わりにおける問題として現れてくる
なぜならば
その白黒思考というのは
共存したり社会のルールを守り生きていく上で必要である
けれど
そのルールや白黒つけている考え方は
各々における、人生で経験した
また、養育関係者による価値観も刷り込まれているために
人類が共通ではない
社会的な、同じルールという法律的なものではなく
個人個人各々で持つ、ルールという価値観の基準は
養育環境、養育者、養育者との関わりや関係性、人生で経験した各々の学びを通して
価値観が作られていく。
なので、自分が経験してきて作った価値観というのは
自分自身の基準でしかない
その基準を、無意識に当たり前と思って
他者に当てはめて、ジャッジした思考で
あなた間違っている、あなたが正しい、という使い方をすると
極端な問題として起こりやすい。
価値観や強いられた幼少期からの経験によって
人は、心や思考にその強さを記憶しているために
そうしなければと、生存するために強いられているために
自分の安全を脅かされる思考に感じる。
従わなければ、自分の身の危険を感じたり
そうしなければ、自分の存在を否定される感覚や
自分という価値に関する虚無感など
感じてしまうこともある。
心、思考の中に味方の自分を造ろう
